2008年06月24日
ケン・ペプロウスキー
オランダとドイツとの
国境で
事件は起こった。
車掌さんが
切符を
点検に来た時には
僕は
クシェットという
簡易ベッドで
まどろんでいた。
国境を越える
ユーロ鉄道は
切符を検めるとき
簡単な
入国審査みたいな
ことをする。
パスポートと
切符を見せて
質問に答えればいい。
ところが
僕の差し出した
切符を見て
車掌さんが
少し驚いた顔をして
「切符はどこだ?」
と言った。
(と思う。訛りの強いドイツ語だった。)
よくよく
話をつなげてみると
僕が駅で買ったのは
予約券であり
本来ならば
それを
別の窓口に持っていき
正規の切符を
手に入れなくては
ならなかったらしい。
超過料金を払えば
それで済む話だったが
1999年は
EU各国の通貨が
それぞれの個性を主張していた
事実上
最後の年だった。
僕は
オランダギルダーを
数枚のコイン以外
すべて
ドイツマルクに
両替してしまった後だった。
人の良さそうな
赤ら顔の車掌さんは
ものすごく
困った顔をして
上の人と
無線で連絡を
取っていた。
僕はとても
すまないと思った。
国境で
事件は起こった。
車掌さんが
切符を
点検に来た時には
僕は
クシェットという
簡易ベッドで
まどろんでいた。
国境を越える
ユーロ鉄道は
切符を検めるとき
簡単な
入国審査みたいな
ことをする。
パスポートと
切符を見せて
質問に答えればいい。
ところが
僕の差し出した
切符を見て
車掌さんが
少し驚いた顔をして
「切符はどこだ?」
と言った。
(と思う。訛りの強いドイツ語だった。)
よくよく
話をつなげてみると
僕が駅で買ったのは
予約券であり
本来ならば
それを
別の窓口に持っていき
正規の切符を
手に入れなくては
ならなかったらしい。
超過料金を払えば
それで済む話だったが
1999年は
EU各国の通貨が
それぞれの個性を主張していた
事実上
最後の年だった。
僕は
オランダギルダーを
数枚のコイン以外
すべて
ドイツマルクに
両替してしまった後だった。
人の良さそうな
赤ら顔の車掌さんは
ものすごく
困った顔をして
上の人と
無線で連絡を
取っていた。
僕はとても
すまないと思った。
Posted by いわしろ at 00:14│Comments(0)│TrackBack(0)
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